平手友梨奈以外にセンターはないって話

どうも、ライターのはなまるです。今日はね、9作連続欅坂46のセンターを勝ち取った平手友梨奈について書いていきたいと思う。

サイレントマジョリティーでの衝撃のデビュー

サイレントマジョリティーでセンターを務め、衝撃のデビューを果たした平手友梨奈。まさにそのパフォーマンスは圧巻の一言、ロシアW杯でのムバッペの大躍進を彷彿とさせるデビューだった。

まさに圧巻。平手友梨奈featその他と言わせるにふさわしい完璧なパフォーマンスだった。

昔の生駒里奈の素朴さ、純朴さに加え、山口百恵のようなカリスマ性。その両方をバランスよく兼ね備えていた。今までの可愛いだけのアイドルとは一線を画していた。

また、作詞のセンスもさすがであった。サイレントマジョリティーの大人への叛逆、世間に対する反発のような内容の歌詞を秋元康が書き上げた。

毎日がevery dayとか、走れbicycleとか書いたやつとどういつ人物が書いたとは思えなかったが。美空ひばりの歌詞を書いただけのことはあるな、さすがやすす(´ー`*)ウンウン

この曲で欅坂46はスターダムの階段をフェラーリに乗って爆走することになる。1stシングルでのMステデビューに加え、紅白にも出演。姉貴分でもあった乃木坂が7枚目、紅白に関してはもっと後ずれしたことを考えれば、まさに破竹の勢いであった。竹どころかコンクリートであってもぶち壊せる勢いであった。

だがこの楽曲「サイレントマジョリティー」は彼女たちを縛り付けることになる。彼女たちのイメージがこの曲に集約されてしまうのだ。


そんなルーキーとして登場し野球でいえばルーキーイヤーで18勝をあげた彼女たちは「世界には愛しかない」を発表する。デカイ風車と広大な草原が印象的なMVだった。平手友梨奈の叫び声から始まり、恥ずかしい早口言葉セリフを連発し、明るいメロディからのサビに突入する。逆光が多い+平手中心のMVであったことから比較的誰が誰だか分からないことも多かったが、概ねメンバーにも笑顔が伺え、サイレントマジョリティーのような雰囲気ではなかった。


高校生なのに音読を始めるすずもんや、唐突に独り言を呟くキャプテンなど笑える要素もこの頃からちょくちょくトラップのように仕掛けられていた。ちなみに今泉佑唯のおっぱいが大きいというペニシリンの発見並みの重大な事実に気づいたのはこのMVである。2番では青い傘をくるくる回すという振り付けがあるが、あんな傘恥ずかしくてどこで買えるんだろうと真剣に考えていた昔を思い出した。

サイレントマジョリティーでインパクトのあるデビューをした彼女たちが3枚目に用意したのは「二人セゾン」だった。ある意味、サイレントマジョリティーとは対局の位置にある曲である。平手を中心としつつも、フロントメンバーを入れ替えたことにより、アイドルっぽい楽曲に仕上がった。「君はセゾン」という「アンパンマンは君さ」に匹敵する歌詞が印象的。春夏秋冬での流れを追っていくというある意味オーソドックスな歌詞であったがその流れからの「君はセゾン」という唐突な告白は衝撃だった。さらに「僕もセゾン」だという。もう無理だ。急展開すぎて俺にはついていけないだれか、考察してくれ。

MVにしてもメンバー1人1人に一定以上のスポットライトは当てられていた。サイレントマジョリティーの時のような、「クール」「叛逆」のようなものは全く感じられず、笑顔で歌っているのが印象的なMVに仕上がっていた。
そしてこの曲は笑って歌う最後の曲になる。

4thシングルで彼女たちは壊れ始める。

4th「不協和音」

この曲から平手友梨奈は”アイドルを辞める”。欅坂46もこのあたりから確実に平手友梨奈のワンマンチームの様相を呈していく。真剣な表情で踊る奇妙なダンスや、ねるの「僕はいやだ」などなど笑うポイントが複数用意されているMVであるが、やはり存在感、影響力が圧倒的だったのは平手友梨奈だった。

リップシーンでの表情はもはや芸術。他のメンバーには無理やり作っている感が出ていたが、平手友梨奈に関していえば、まさに取り憑かれているという表現が当てはまるほど彼女は「嫌がっていた」。ねるの「僕はいやだ」に比べれば、まさに月とスッポン。比べるのも申し訳ないほどのクオリティであった。敢えて、ねるに言わせることでシリアスな笑いを誘うという運営の構成である。

この曲で欅坂46は紅白に出場し、NHKホールでやらかす。メンバーが過呼吸で倒れたのだ。まあ、最後まで踊りきってのダウンであったため放送事故感はなかったが、一歩間違えれば、パフォーマンス中に倒れ、あのポリゴン事件以来の放送事故になりうる可能性すらあった。

ある意味、欅坂46のイメージをダークなものにしてしまった「不協和音」の次は「風に吹かれても」を発表する。
平手友梨奈への一極集中はさらに進むことになる。男装のようなスーツを着用し、MVの中心は平手。曲調じたいの雰囲気はそこそこ明るい曲であったが、あんまり好きじゃないので割愛。

続いての6枚目は「アンビバレント」
このTOEIC1200点の俺でも分からない単語の曲で、平手への一極集中だけでなく、他のメンバーの背景化、ダンスのコンテンポラリー化が進んでいく。しかしながらさすがの平手さん。てちなんて呼び方は恥ずかしくてできない。キレやテンポの正確さなどで優劣のつくダンスではなくなることで、さらに平手さんの進化は加速する。何かに取り憑かれたように踊る彼女にとって、まさにこのようなダンスは得意分野であった。与田ちゃんあたりが踊れば失笑物だろうが、平手が踊ることで完成する。ただ可愛い、ではなく、芸術として完成する。

最新曲「黒い羊」でまた覚醒。

最新シングル8枚目「黒い羊」。矛盾したタイトルだ。若いおばさん、日本円で10ドル、バカって言う奴がバカ。これらに通ずる矛盾を感じる。この曲のMVではいよいよ平手以外のメンバーのバックダンサー化、背景化が完成し始める。ただでさえ、顔面のアップシーンが少ない上に暗い場所での撮影が多いことで、いよいよ俺がやっても分からない世界に突入する。しかしながら、平手さんはここでも本領発揮。セリフもあり、さらにこの曲では歌詞が彼女の魅力をさらに引き出した。自分自身と黒い羊を重ねたのだろうか。それぐらいに彼女のこの曲で放っているオーラはドス黒かった。本当の黒い羊は誰なのかは神のみぞ知る。

ヒット祈願には参加しなかったものの、メンバーが凄まじい思いをこの曲にかけていることがわかった。

まとめ

単独でチームを引っ張るエース。彼女の表現力は現役のアイドルでトップクラスであるし、このようなタイプは史上初だと言える。°C-uteなんかは歌もダンスも上手かったが、平手友梨奈とはタイプが違う。彼女ほど圧倒的な存在はいない。だがこれは様々な問題も内包する。野心があるメンバーは欅坂からいなくなってしまう。表題曲は今の所8枚連続で平手友梨奈がやっている。それほどなのだ。バルセロナが重要な試合でメッシを外すことがないように、彼女はエースなのだ。彼女がいなければ欅坂46は”ただの”アイドルに成り下がる。いや、欅坂46である必要がなくなってしまう。平手以外のメンバーの能力が低いと言っているわけではない。だが、それでも今のような路線で進んでいくのならば、平手以外がセンターを務めることはできない。それゆえに、今泉佑唯、長濱ねるといった人材を流失させることになった。高い理想を持ち、野心を持つメンバーにとって、自分が中心に置かれることが絶対にないというのはそれほどに苦しいことなのだ。平手友梨奈の脇を固める影としてやっていく決心がある、もしくは成り上がることを諦めたメンバーしかこのグループではやっていけない。

これは運営の戦略なのだろうか。妹分の日向坂はまさに王道のアイドルでデビューさせた。おそらくこの流れでいくと誰かに集中させると言う方法は行わないだろう。さらにいえば、世間を風刺するような曲を歌わせる可能性は低い。

ある意味、欅坂46は失敗したのだ。絶対的エースを用意したまではよかった。そこまではよかったのだ。だが、周りを軽視しすぎた。バランスは重要なのだ。ある意味、平手をアンタッチャブルな聖域に設定し、努力をしてもその聖域に入ることはできないとしてしまった。

その聖域は成功したいと野心を持つメンバーの心を折ることに繋がった。

アイドルという世界で権力の絶対的集中をしたらどうなるかという運営の壮大な仮説検証だったのかもしれない。

クールにやってるてちも最高だけどやっぱりニコニコブリブリアイドルのてちも可愛いよね。

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